番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項無し

花鳥風月 番外編

それぞれの才能と主張したい事項

written by tac
「俺はお前が大好きだ愛してる結婚してくれ」
 その言葉を聞いたのは通算何度目だろうか。穏やかな昼下がり、街から隠れるように、雑踏を避けて存在する病院。その医院長であり唯一の医師マサキは、例えば今まで千回そう告げられていたとすれば、千回目であろうため息を吐いた。
「で、式の日取りはいつにしようか」
 そう当たり前の様に言いながら笑っている男の名は日暮。少しだけ昔、何の因果か出会って以来、日暮は日課の様にマサキの元を訪れ彼女に愛の告白を繰り返していた。マサキがどれだけ罵ろうが、どれだけ無視しようが、日暮は諦めない。
「誰がいついいと言った」
 まともに相手をする事などとうに出来なくなっていた。こんな言葉など、日暮には通じない。
「俺がいつもいいと言っている」
 マサキは頭痛を感じ頭を押さえた。途端に日暮が大変だと立ち上がり、彼女の顔を覗き込む。
「どうしたんだマサキ!」
「貴様のそれは才能か」
「ここまでめげないのはある種の才能だとは思っているぞ」
 それ程までにマサキが好きだからな、と日暮は呑気に笑う。頭痛が酷くなるのを感じたマサキは伸びてきた日暮の腕を静かに押し退けて立ち上がった。この間買った気に入りのコーヒーがある。それを入れよう。そうでもしなければ疲労で仕事になどなりはしない。
「お前は帰れ日暮。今日はカトリが来る」
「別に帰る必要は無くないか」
 カトリはマサキの唯一の患者であり、マサキ的には大変不本意だが日暮の親友だ。カトリの父親に『正常に戻してくれ』と頼まれ出会った。その後カトリが日暮と出会い今に至るのだが、父親の言葉を思い出す度に馬鹿らしさに眉をしかめた。あの男の言う『正常』は普通の『正常』では無い。カトリを見る度にマサキはそう思った。結局あの男は不安定なままのカトリを捨てたが、それでもやってくるカトリを看てやりたいと思える程にはマサキはカトリが好きであったし、日暮も同じであった。けれど、
「貴様がいると気が散る」
 短く告げてコーヒーを入れる為に診察室を出た。相変わらず頭痛のする頭を押さえた手が掴まれ、引かれる。
「っ」
「マサキ、顔色悪いぞ」
「だから誰のせいだと………!」
 思わず叫びかけたところで、日暮の顔が目の前にあった。ぴたりと止まってしまったマサキに日暮はにっこりと微笑む。
「冷たいもん買ってくる」
 そしてマサキが何かを言う前に、きびすを返して病院を出て行ってしまった。それでも何も言わずに立ちつくしていると、やがて入れ代わるように1人の人物が入ってきた。
「あ、マサキさんこんにちは」
「…………カトリ」
 やってきた人物──カトリは穏やかな笑みを浮かべながらこちらに近付いてきた。手に持っていた袋を掲げながらやがて止まる。
「マサキさんの事だからお昼ご飯まだでしょう? 僕の分作ったついでに持ってきた」
 まるで甲斐甲斐しい父親のような態度。実際、カトリとそして日暮は三十路を超えた男だ。歳は同じでもこの嫌悪感の違いは何だろう、とマサキはぼんやり考えた。
「……お前は一歩下がって物事を見る事が出来る人間だからか」
「? 何それ。またヒグ?」
 飽きないねぇ、とカトリは笑った。それから先に診察室に入っていると言ったので、マサキは珍しく、人の分までコーヒーを入れてやろうかと考えながら短い廊下を歩いて行った。


   ◆


「うわ何これ美味しい」
 カップを持って目を輝かせるカトリに、マサキは短く『そうか』と返した。こうやってカトリがにこにことしている事はなんら気にならないのだが、それが日暮になった途端に彼女の不機嫌さは増大する。彼女自身はその『差』には気付いていなかった。
「調子はどうだ」
「悪いよ」
 何気なく聞いた言葉と、当たり前の様に返ってきた返答。マサキがカップを取ろうとしていた手が止まる。
「ねぇ、もう僕死んでもいいかなぁ」
「カトリ」
「だって僕はいまだ娘の居場所を知らない。分かったって抱き締める資格も無い。僕は人殺しだもの」
 止めようもない程自然にカトリは続けた。安定している時はまだいいのだが、少しでも不安定になるとカトリは自らを追い詰め笑う。それがマサキは嫌で嫌で仕方が無かった。
「いいから黙れ」
「ありがとうね。でも疲れたよ」
 それを止める手段など知らなかったから、マサキは机を強く叩いて立ち上がった。そして、目を丸くしてこちらを見ているカトリの前に立つ。そのまま──
「黙れと言っているだろう」
 抱き締めた。
「マヒャヒはん?」
 患者としての対応は心得ている。けれど今、彼女の中でカトリはただの『友人』でしかなかった。こうすればきっと喋らない。それだけを考えての行動だった。
 だから、後先などは考えていなかった訳で、
「…………何やってんだ、お前ら」
 すぐ近くでドアが開くとか、先程出て行った男が呑気に戻ってくるとかは、考えているはずも無く。
「あ、ヒグ」
「っ!?」
 すかさず顔を向けると、開きっぱなしのドアの前で日暮が呆然とこちらを見ていた。気付いたはいいけれど動けずにいたマサキを目にし、日暮の顔がまるで子供が泣き出す寸前の様に歪んだ。
「…………日暮」
「なっ……」
 日暮が短く声を漏らす。その頃にようやく、マサキはカトリを解放した──と言うよりはベッドへ突き飛ばしていた。
「わぁっ!」
 そのままカトリは床へと転がり落ちる。しかし既に、カトリの事を気にかけている者などこの部屋にはいなかった。
「マサキ、今の光景は。俺の憧れのシチュエーションは一体」
「落ち着け日暮、よく聞け」
 マサキの声は日暮には届いていないようだった。手に持っていた袋が落ち、その拳がフルフルと震える。そして、
「マサキの浮気者ー! "大ッ嫌い"だぁぁっ!!」
「は、待て日暮! 誰がいつ貴様から浮気と言われなければならない関係に──いや待て日暮!!」
 勢い良くきびすを返した日暮は、そのままのスピードで病院を飛び出して行ってしまった。マサキも、廊下までは追ったのだがすでに日暮の姿は見えなくなってしまっていたのでそれ以上進めずに立ちすくむ。
「……何なんだ……」
 その言葉は、この状況に対してでは無かった。日暮に言われた『あの』言葉を聞いた瞬間から胸の内に沸き上がった、初めて感じる奇妙な感情。

「ああ、気付いてないんだ」
 床に落ちたまま、カトリがのんびりと呟いた。一気に色々な事があったせいで負の感情は身を潜めたようだ。
「待てと言っただろうがこの馬鹿者!!」
 やがて遠ざかるマサキの足音。カトリは何事も無かったかのように立ち上がり、そしてまだ中身の残るカップを手に取って、悠々とそれを味わい始めた。


   ◆


 いつも聞き流してはいたのだが、それでも記憶の中には残っていたらしい。日暮とカトリ──いい歳をした男2人が、よく並んでアイスを食べていると言っていた公園。その入口に装飾として敷き詰められたタイルをマサキの靴が叩いた。
 息は切れているし白衣は着たまま。昼食に至っては途中。それでもここまでやってきたのは何故なのか。マサキはその思考を面倒臭いものだと判断してすぐさま脳裏に封印し、公園を歩いた。視線はうろうろと日暮を探す。
 日暮の姿はあっけない程簡単に見つかった。アイスの屋台の目の前に置かれたベンチに、自分の帽子で顔を覆って空を向く男が1人。マサキは一度額を押さえると、軽い足音と共にベンチへ近付き立ち止まった。
「…………おい」
「へーんだマサキなんか嫌いだね。ああ嫌いだね。どっちかって言うと萌えだけど嫌いだね」
 こちらを向かずに返ってきた返事。マサキは表情を変えない。それどころか、続けるべき言葉に困って黙り込んでいた。こう言おう、と脳が訴える言葉はあるのだが、いかんせんそれが、彼女の保ってきたものを見事に歪ませる効果のあるものだったからだ。
「……いいか、貴様に私を馬鹿にする権利などは無い」
 そして出てきた言葉に感じたのは頭痛。何か違う。違うのだが、ギリギリで『歪む』事を拒否する自分がいた。
「私のやる事に難癖を付ける権利も無い。貴様はいつでも、私より下の存在だ」
 やはり違う。頭痛が酷くなる。いら立ちが募るのを感じながら、マサキの口調はどんどん早くなっていった。
「いつでもどこでも勝手に入ってくるな。本を読んでいる時は一切喋らずに正座でもしていればいい。貴様に飲ませるコーヒーなどは無い!」
 日暮は答えない。帽子で顔を隠したまま空へ向いている。
「貴様など嫌いだ。この世で一番嫌いだ。やかましい、馴れ馴れしい、貴様など大嫌いだ! だがな!」
 ネジが飛ぶ。そう思った。理性が止めようとしているのだが、今の気分は『そんなもの』

「私の事を大嫌いだと言うのならば、私は貴様を殺してやる!!」

 日暮の体が、勢い良く真横へと倒れた。

「貴様が私を嫌いだと言う事を私は決して許さん。死刑だ。それが嫌なら2度とあのような馬鹿げた事を言うな。分かったな分かったら返事をしろ分からないとは言わせないさぁ返事をしろ!!」
 ばさりと日暮の帽子が地面に落ちた。日暮が驚きよりも、むしろ呆然とマサキを見つめていた。その顔には目に少しだけ涙が浮かんでいた形跡があるが、今は消え失せ、ただ頬が赤い。
「マサキさん」
「ああ帰るぞこの下僕が。私の昼食の邪魔をした罪は重い、すぐそこでアイスを買って戻って来い。私は先に帰る。たとえ追い付いても私よりも前を歩いたら許さない」
「…………お望みのままに」
 そこでようやく我に返った日暮は、満面の笑みを浮かべたかと思うと勢いを付けて起き上がった。マサキはすでに歩き出していて、その背中に向かって叫ぶ。
「マサキー! 大好きだー!!」
「私は貴様など大嫌いだ!!」
 即答に、日暮は更に笑みを深くする。こらえられなくなったのかベンチに座ったまま足元をばたつかせ、それから立ち上がり、アイスを買うべく走り出した。


「で、大事なものには気付いたの?」
 病院に戻ると、マサキの本棚から適当な文庫を引っぱり出して読んでいたカトリが第一声でマサキに尋ねた。マサキはいぶかしげな表情を浮かべながら自分の机へ座る。
「何の事だ?」
「それ才能じゃない? マサキさん」
 目を文庫へ落としたままごく普通に言うカトリ。日暮が意気揚々と戻って来て中断されるその時まで、マサキはその意味に悩み続ける事となった。
本編情報
作品名 花鳥風月
作者名 tac
掲載サイト bean junky:ex
注意事項 年齢制限無し / 性別制限無し / 残酷表現あり / 完結済
紹介  カトリの願いはただ1つ。生まれてすぐに別離した娘、フガツと共に過ごす事。けれど2人はいつか必ず、別れなければならない運命だった。とある父娘の物語。
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